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いい文章をかけている人は羨ましい。昔からいい文章でも歌詞でも書けてる人はそれが当たり前のように見えてしまうけれど多分違うんだろうなと思っていたけど、やっぱり最近ははじめっからいい文章が書けているように思えてしまう。

いつか書いたか忘れたけど、自分の身の回りには自分にとって神様というかスターみたいな人が何人もいて、でもそれがある時からふっと普通の人間に戻ってしまったような感覚を覚える時がある。
結局それが何なのかというとたぶん自分がその人を勝手に理解せず曲解して漫画のキャラクターのように奉っていてある時その人と一定以上親密になったりその人についてよく知ったりその人の自分に対しての態度がある程度親密な人に対しての態度に変わった時にそのギャップに勝手にがっかりしたり勝手に失望したりするのだと思う。

文字にすると身勝手極まりない話ではあるけど、更にそう思った時に「じゃあその人のことを深く知らなかったほうが幸せなままだったかもしれない」などと考えてしまいかけるのでまた自分にがっかりする。

なんでこんな話を書き始めたんだっけと思ったけど、いい文章の話だ。結局自分がその人を勝手に曲解するきっかけってその人のブログだったり、FBとか(昔ならmixiとか)なんか文章を書いてたり、後は絵とか漫画とか、その人の作ってる作品を見たりすることだったりするかもしれない。

作品だってブログの文章だって、プライベートなことを書いてるふりしても結局はパブリックに書くものだからそれは本当のプライベートでの顔とはまた別の表層がある。自分のためだけに書いてあるように見える音楽とかも、たしかに自分のために作ってあったとしても曲から得られるものはプライベートそのものでは全然ない。ポップミュージック、いやどちらかと言うとロキノン系の曲とかに感動して共感したりするのも一つの虚構だ。いわゆるアイドルとは別の意味でのアイドル、偶像、神様。

だから自分はどこまでいっても人と本当に仲良くなんてなれないのかもしれない。人のことを都合よく偶像化して勝手にストーリーを消費したいから一定以上人に近づけない。

「人生に劇的なことを期待してはいけない」というのを最近見たアニメで言われてそうだな〜と思ったけど、自分の周りには劇的にも程があるだろという生活を送ってる人が沢山いる。結局は見方次第で自分の人生を劇的と言えたり言えなかったりするだけなのかもしれないけど、まあそうやって人のことを結局ストーリーでしか見れていないのだ、それこそが問題

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