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中学の部活の先輩や同期と一緒にカラオケに行った。
中学生の時は地元の駅の周りになんにも無かったので、どっかに遊びに行こう!という感じで出かけるときは電車で一つ隣の駅まで行って、カラオケに行って、帰ってくる。ということを時々していた。
先輩も含めて4人集まるのは本当に中学校以来だったけど、カラオケの前半は思い出話をするでもなく淡々と歌い続けてばっかりで、自分が言えることでもないけど本当に変わらなすぎてちょっと笑ってしまった。
皆でその後中華料理屋に行って、お酒を飲みながら4人誰もパートナーがいなくて周りが凄い婚活してる話を聞いたり、自分が先週知り合いの結婚式に出たり、高校の後輩が結婚して子供まで生んでる話をしたり、母親は今の自分の年に自分を産んでたという話を聞いたりした。
別に話してる時は普通だったんだけど、段々後になってあれは成人式なんかよりもずっと強いおとなになるための儀式みたいなものだったのかもしれない、と思った。自分はずっと自分のことを子供だと思ってたし、それは少なくとも生計が自立できるようになるまで(今はほとんどしてはいるけど)全然ムリなんだろうなと思っていた。

でも先輩が「自分が中学生の頃はハタチって凄い大人なんだろうなって思ってたよねー」と言ったのを聞いて、全然逆なんだけどでもこの発言こそが大人でないと出来ないことなんだろうな、と思ってしまった。

つまり皆が子供に戻りたい戻りたいと言っている姿こそが大人、というもの、未熟な子供っぽさの自覚を手に入れることが大人になること、なんだと思ってしまった。

それで言うと自分は早く人に頼らず生活できるようになりたい、早く大人になりたいなりたいとずーっと、それこそ小学生の時ぐらいから思っていたからそれはもう遡ってその時から自分はとっくに大人になってしまっていたのだ。

今はもう自分以外全員働いていて、DQNみたいなふりをしていたけど根が真面目でオタクなのが透けてしまっていた先輩はパリピの集まりみたいなのに参加しながらもやっぱり根はオタクだったし、中二病で30歳までに死にたいとか言っていた同期は長生きしたくないと相変わらず言いながらも30までには結婚したいかな〜などと言っていて、一番変わらず何も進んでいないのは自分だと思わされてしまった。自分が大人にとっくになっていたことを翻って死ぬほど意識させられてしまった。


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いい文章をかけている人は羨ましい。昔からいい文章でも歌詞でも書けてる人はそれが当たり前のように見えてしまうけれど多分違うんだろうなと思っていたけど、やっぱり最近ははじめっからいい文章が書けているように思えてしまう。

いつか書いたか忘れたけど、自分の身の回りには自分にとって神様というかスターみたいな人が何人もいて、でもそれがある時からふっと普通の人間に戻ってしまったような感覚を覚える時がある。
結局それが何なのかというとたぶん自分がその人を勝手に理解せず曲解して漫画のキャラクターのように奉っていてある時その人と一定以上親密になったりその人についてよく知ったりその人の自分に対しての態度がある程度親密な人に対しての態度に変わった時にそのギャップに勝手にがっかりしたり勝手に失望したりするのだと思う。

文字にすると身勝手極まりない話ではあるけど、更にそう思った時に「じゃあその人のことを深く知らなかったほうが幸せなままだったかもしれない」などと考えてしまいかけるのでまた自分にがっかりする。

なんでこんな話を書き始めたんだっけと思ったけど、いい文章の話だ。結局自分がその人を勝手に曲解するきっかけってその人のブログだったり、FBとか(昔ならmixiとか)なんか文章を書いてたり、後は絵とか漫画とか、その人の作ってる作品を見たりすることだったりするかもしれない。

作品だってブログの文章だって、プライベートなことを書いてるふりしても結局はパブリックに書くものだからそれは本当のプライベートでの顔とはまた別の表層がある。自分のためだけに書いてあるように見える音楽とかも、たしかに自分のために作ってあったとしても曲から得られるものはプライベートそのものでは全然ない。ポップミュージック、いやどちらかと言うとロキノン系の曲とかに感動して共感したりするのも一つの虚構だ。いわゆるアイドルとは別の意味でのアイドル、偶像、神様。

だから自分はどこまでいっても人と本当に仲良くなんてなれないのかもしれない。人のことを都合よく偶像化して勝手にストーリーを消費したいから一定以上人に近づけない。

「人生に劇的なことを期待してはいけない」というのを最近見たアニメで言われてそうだな〜と思ったけど、自分の周りには劇的にも程があるだろという生活を送ってる人が沢山いる。結局は見方次第で自分の人生を劇的と言えたり言えなかったりするだけなのかもしれないけど、まあそうやって人のことを結局ストーリーでしか見れていないのだ、それこそが問題

no title

最近今更、布団に寝っ転がって天井を眺めていると「ああこれは自宅の天井だな」と実感してはなんでそんな事を実感するんだろうと大きな違和感を同時に感じる。知らない天井

no title

嬉しければ嬉しいほどつらいな

初めて授業を休んだ。
風邪を引いたには引いたんだけど、熱が出ていないのでどうにも本当に風なのかどうかの判別もつかない。ただとにかく頭がボーっとするのと鼻水が止まらんので風邪なんだろう。
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